みなさん、こんにちは。
司法書士・行政書士の松崎充知生(まつさき)です。
今回は 不動産売買の決済手続(引渡し手続)の中止原因について書いていきます。
私は不動産営業職と司法書士の二つの視点から、決済手続(引渡し手続)の業務に11年ほど携わってきましたので、それをもとにいくつか事例を挙げていきます。
では見ていきましょう。
決済手続(引渡し手続)とは
不動産取引では、戸建、マンション、土地等の売主様、買主様が不動産会社に集まって売買契約を締結し、その後、各々が準備を進めて、最後に銀行に集まって売買代金の振込みと鍵の引渡しをして手続完了という流れが通常です。
この銀行に集まって手続をすることを 決済手続(引渡し手続)といいます。
不動産会社、司法書士、銀行は「決済」、売主様、買主様は「引渡し」や「本契約」と呼ぶ事が多いですね。
決済手続(引渡し手続)当日の流れは、
銀行に売主様、買主様、不動産仲介会社、司法書士の4者が集まり、
司法書士による売主様買主様の意思確認、
不動産登記に必要な書類の確認
↓
売買代金のお振込み(買主様口座から売主様口座へ)
↓
着金確認・鍵の引渡し(売主様から買主様へ)
↓
銀行で全員解散
↓
司法書士による登記申請
(売主様名義から買主様名義へ所有権移転)
と進んでいくのですが、この決済手続の準備に不足がある場合、
せっかく4者が銀行に集まったとしても 決済手続が中止(延期)になってしまいます。
集まった方全員が今日で不動産の引渡しが終えられると考えていますから、銀行内で多少気まずい空気になります。
この場合は、不足部分を確認し、
- 書類に不備がある方が必要書類を役所や自宅に取りに行く。
(その間、他の方は銀行で待機。)
→ 決済手続(引渡し手続)をそのまま続行する。
- 4者の都合に合わせて、決済手続(引渡し手続)をする日を延期する。
のいずれかになります。
どちらも時間ロスが生じてしまうので何とか避けたいところです。
特に売主様側が用意するべき書類が多いので注意が必要です。
決済手続が中止(延期)になる原因
決済手続が中止、延期になることについて考えられる原因と、その日に手続を行うための対応策についてを挙げていきます。
売主様のケース
印鑑証明書が有効期限切れ
対応策:役所にて新たに印鑑証明書を取得していただく。
売主様の印鑑証明書は発行から3ヶ月以内であることが必要です。決済日の時点で3ヶ月を超過している印鑑証明書は登記申請に使用できません。
あらかじめ司法書士に印鑑証明書のコピーを提供しておき、決済当日に原本を持参する段取りをしておくと、当日の不備を防ぐことができます。
持参した印鑑が実印ではない
対応策:自宅まで実印を取りに行っていただく、または役所にて印鑑登録をし直していただく。
売主様の登記申請の委任状に押印いただくものは実印である必要があります。
売主様としては実印を持参した認識でいたが、押印した印鑑と印鑑証明書と照らし合わせると印影と異なるといったことが起こりえます。
運転免許証やマイナンバーカード等の顔写真付きの本人確認書類の用意ができれば即日、印鑑の再登録が可能ですが、顔写真付きの本人確認書類の用意ができない場合は、即日印鑑の再登録はできないので、その日の決済手続は中止(延期)になります。
決済手続の前段階でお手元の実印と印鑑証明書の印影を確認しておくと、このような事態を避けることができますのであらかじめ確認しておきましょう。
持参した権利証(登記済証・登記識別情報)が今回手続する不動産のものではない
対応策:自宅まで今回の不動産の権利証を取りに行っていただく。
持参いただいたものが権利証ではなく、登記事項証明書(登記簿謄本)、表題登記の完了証、住所変更登記の完了証、既に効力の無い空権利証だったというケースも考えられます。
これらは権利証ではないので登記申請には利用できません。
権利証を紛失してしまった場合は、司法書士による本人確認証明情報を作成してもらう または、公証役場で公証人に委任状認証をしてもらうという手続が必要です。
この2つには事前準備が必要で、別途費用がかかります。
印鑑証明書と同様にあらかじめ司法書士に権利証のコピーを提供しておき、決済当日に原本を持参する段取りをしておくと、当日の不備を防ぐことができます。
登記簿上の住所と印鑑証明書上の住所が一致しない
対応策:役所にて住民票(マイナンバー記載の無いもの)または戸籍の附票を取得していただく。
売主様の印鑑証明書記載の住所が登記簿上の住所と異なる場合、別途、売主様の住所変更登記が必要になり、登記費用が発生します。
登記簿上の住所から1回引越ししたのみの場合は、住民票で足ります。
(住民票の前住所欄に登記簿上の住所が記載されている為)
登記簿上の住所から2回以上引越ししている場合は、住民票のみでは足りません。
(住民票の前住所欄に登記簿上の住所が記載されていない為)
この場合は本籍のある役所で戸籍の附票を取る必要があります。(戸籍の附票には住所の移転歴が記載されるので、その記載をもって登記簿上の人物と同一人物であることが証明する必要があります)
役所での戸籍の附票の保存期間は5年間しか無いため取得できない可能性もあります。
(令和元年6月20日から150年間の保存に法改正されました)
この場合は、対象不動産の固定資産納税通知書、不在住不在籍証明書、(権利証がない場合は、司法書士作成の上申書、印鑑証明書が別途もう1通)が必要になります。
さらに登記簿上の地名や地番が異なっている場合は、別途、住居表示実施証明書や地番変更証明書が必要になることもあります。
登記簿上の住所と印鑑証明書上の住所が一致しない場合は、住所変更登記が必要になるため、その分の登記費用が発生します。
印鑑証明書や権利証と同様にあらかじめ司法書士に住民票や戸籍の附票のコピーを提供しておき、決済当日に原本を持参する段取りをしておきましょう。
登記簿上の氏名と印鑑証明書上の氏名が一致しない
対応策:本籍地の役所にて戸籍謄本等 (登記上の氏名から現在の氏名に変更があったことが記録されているもの)を取得していただく。
売主様の氏名変更登記が必要であるため、住所が一致しない場合と同様、登記費用が発生します。
【追記】
令和6年3月1日から戸籍謄本の広域交付制度が始まりました。
本籍地の役所だけでなく、最寄りの市区町村役所にて戸籍謄本が取れるようになるので決済当日に忘れてしまった場合、どこの役所で取得するべきか確認しましょう。
売買対象不動産に差押登記等が新たに付いたことが発覚
対応策:この場合は決済手続を当日実行することができません。
司法書士は、決済手続がある当日の朝、銀行に向かう前に対象不動産の登記簿謄本を取得して、新たな権利が登記されていないことを確認しています。(これを事前閲覧と言います)
新たに差押登記等の他の権利が付いている場合はその状態で買主様名義へ所有権を移転させるわけにはいきませんから、不動産会社へその旨を報告します。
差押登記の原因を確認し、この登記抹消の目処が立つまで延期・中止になります。
差押の原因は税金滞納による役所からのものが多いです。
買主様のケース
売買代金を用意していない
対応策:自己資金を用意し、売主様へ振込む前に自分の銀行口座にあらかじめご入金いただく。
売買代金の支払について、全額現金で支払う場合や全額住宅ローンを利用するケースではあまりないのですが、例えば5000万円の売買代金のうち、4500万円を住宅ローンで組み、500万円を自己資金で支払うといった場合、自己資金の部分をあらかじめ自分の口座に入れていなかったケースが考えられます。
この場合、振込伝票を銀行に提出しても、銀行員から残高が不足していると判断され、売主様への振込み処理がストップします。
あらかじめ自分の口座に用意しておく費用を不動産会社に確認しておきましょう。
住民票を忘れてしまった
対応策:役所にて住民票(マイナンバーの記載が無いもの)を取得していただく。
決済手続が延期・中止になる原因は、売主様の書類不足が多いのですが、買主様が住民票を忘れるケースもよくあります。
売主様・買主様 共通のケース
住民票にマイナンバー記載がある
対応策:役所にて再度マイナンバー記載が無い住民票を取得していただく。
マイナンバーの記載がある住民票は、不動産登記の添付書面として使用することができません。
マイナンバーについて法務局のホームページには以下の記載があります。
平成28年1月から個人番号(マイナンバー)の利用が開始されていますが、不動産登記の手続においては個人番号を利用することはできません(行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律(平成25年法律第27条)第19条「特定個人情報の提供の制限」参照)。 そのため、不動産登記の申請には、個人番号の記載がない住民票の写し等を添付してください(個人番号の記載がある住民票の写し等は添付しないでください。)。 |
役所にて住民票を発行する際、役所職員が「マイナンバーは記載しますか?」と聞いてくることがありますが、記載を希望するとマイナンバーが記載された住民票が発行されます。
マイナンバーが記載されるとマスキングすることで記載を隠したくなるところですが、マスキングされた住民票はその時点で原本ではなくなりますので、登記申請で利用することはできません。
本人が決済場所に来られない
対応策:当事者の意思確認が出来ない為、決済手続は中止・延期になります。
ただし、司法書士が当日欠席される売主様、買主様と事前面談を実施している場合にはその方不在で決済手続を進めることができます。
当日欠席される場合は事前に不動産会社や司法書士に伝えておきましょう。
本人にご売却・ご購入の意思確認が取れない
対応策:この場合も決済手続を当日実行することができません。決済手続は中止・延期になります。
司法書士の意思確認は当事者の意思に反する取引、詐欺まがい、成りすましによる取引を未然に防ぐ為にあります。
当事者に意思能力が無い状態で不動産売買契約を締結しても、その契約は無効(民法第3条の2)となりますし、その状態で不動産売買の手続を進めても、当事者は後から売買代金の返金や所有権移転登記を抹消する等の原状回復をする義務を負うことになります。(民法第121条の2第1項)
また、認知症を患ってらっしゃる方が不動産取引の当事者となる場合は、判断能力の度合いによりますが、裁判所へ成年後見人の選任申立てをしておく必要が出てきます。
これは本人が判断できない間に他の方が本人の財産を害することを防ぐ為の制度です。
成年被後見人は単独で不動産売買をすることはできず、仮に行ったとしてもその契約は取消の対象となります。(民法第9条)この場合、代わりに成年後見人が当事者となって売買契約手続を進めていくことになります。
こういった意思確認が出来ていない状態で登記をしてしまうと、判断能力を回復させた本人や本人の親族、利害関係人の方が「何故勝手にそんなことをしたんだ!」と取引上のトラブルに発展し、取引に関わった相手方、不動産会社、司法書士がその責任追及の対象になります。
司法書士は当事者の意思確認をしなかったとして懲戒処分になるケースが多く存在します。
成年被後見人が不動産を売却する為の必要書類については以下の記事にまとめてみましたので、こちらをご参照下さい。↓↓↓
(任意売却の場合)売買契約書原本を忘れてしまった
対応策:自宅まで売買契約書原本を取りに行っていただく。
任意売却の場合は、銀行に債権回収会社の方も同席されます。そこで売主様、買主様から売買契約書の原本の提示を求め、担当者がそれを確認した上で進めることになります。
売買契約手続は決済手続よりもっと前に締結していますから、決済手続にその時の書類を持参するのを忘れたというケースが多く出てきます。
任意売却は、残債割れが起きている状態でも、抵当権の抹消書類を発行することになるので、こういった手続がとても厳格です。
決済手続(引渡し手続)の準備は当事者全員が念入りに
いかがでしたか。不動産営業職と司法書士業務の経験則からよくある事例をいくつか挙げてみました。
必要書類が揃っていないのに、振込みの実行をしてしまうと、買主様は売買代金を支払ったのに、購入不動産の登記名義を取得できない事態(売買契約の債務不履行)になりますし、意思確認が十分でないと後になって当事者間、関係者間でトラブルになりますから、司法書士はこの確認について慎重になり、銀行の場で登記必要書類が足りない、意思確認ができないと判断した場合は決済手続を中止(延期)することになります。
私も大変心苦しいのですが、銀行で決済手続を止める判断を何度かしたことがありました。
上記に挙げました登記簿上の住所と印鑑証明書の住所が一致しないので住所変更登記が別途必要であることが発覚したケース、売主様が持参されたものが権利証ではなく表題登記の完了証だったケース、売主様が複数回引越しをされていて住所の履歴が繋がらないケース等です。
これらはその後、何とか不足部分を補填できましたので、当日中に決済手続(引渡し手続)を進めることができました。
銀行に当事者全員が集まった後に、上記のような不備が発覚すると焦ってしまうものです。
特に不足書類があると、その場で役所に行ったり、自宅へ戻ったりして他の方を待たせてしまうことになってしまうので、決済手続(引渡し手続)前に当事者間で連携を取りながら準備を整えておきたいですね。
今回はここまでです。最後までお読みいただきましてありがとうございました。
ではまた(^o^
決済手続の着金確認についてはこちらの記事をご参照下さい。
【近況↓↓】
ブログを開設してから早いもので、気が付いたら投稿10記事を突破していました。
毎日ではないのですが、ゆるく更新しています。
記事を書き始めて良かったことがありまして、友人、前職の同期同僚、以前一緒に
仕事をした方々から業務に関連するお声掛けをいただくようになりました。
少しでもお役立てできることがあると、やはり嬉しいですね。
今後も試行錯誤しながら色々書いてみたいと思います。
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